前々回・前回の、クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(ダイヤモンド社、2026年)のブログの続きです。前々回、前回で以下の2つの問いについて考えました。
- なぜ休日に何もしていないと、こんなにも焦ってしまうのか。不安の正体とは
- よりよく生きるためには、時間をどう使えばいいのか。
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①焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)はこちら
時間に対する不安の正体については、完璧主義や「~すべき」という時間のルールがあり、予定から外れると失敗したと感じてしまう。さらに、その失敗を実際以上に大きく捉えることによって、不安が膨らみ、身動きが取れなくなるのではないか、というものでした。
また、自分の時間を取り戻すための日常的な行動については、不要な時間を減らし、やりたいことに再配分する。そのためには、「~すべき」という完璧主義を見直すことが必要ではないか、というものでした。
第2部まで読み進めて、さらに1つ疑問に思うこと(問い)が出てきました。
- 時間を取り戻したとして、その時間を何に使えばいいのか。やりたいことは、どうすれば見つかるのか。
この問いを、本書の第3部から考えてみたいと思います。
■ この本について
この本を一言でいうと、「時間に対する不安を軽減し、よりよく生きるための時間の使い方を教えてくれる本」です。
今回は、本書第3部「『自分の時間』を自分のものにする」を中心に、3つ目の問いである、取り戻した時間の使い方や「やりたいこと」について焦点を当てて考えたいと思います。
私が今回特に考えさせられたのは、「やりたいこと」と「有益性」の関係でした。やってみたいことがあっても、有益性を考えた途端、手が止まる経験があったからです。
■ 一番刺さったポイント
今回、一番刺さったポイントは以下の一節です。
「自分をもっと幸せにしてくれるアイデアがあると直感的に思っていても、それが有益な何かをもたらさないと、ためらいを感じてしまう」(クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』ダイヤモンド社、p.310)
この一節を読んで、思い当たることがありました。私自身、有益性を見いだせず、やりたいと思っていたことに踏み出せなかったり、始めても十分に取り組めなかったりしたことがあります。
例えば、小説です。昔から、実用書ばかり読んでいました。実用書以外の本を見ても、「これを読んで何が得られるんだろう」「仕事に役立つ情報があるのだろうか」などと考えて、なかなか手を出しませんでした。
ところが、実際に小説を読んでみると、仕事のことを忘れて、その世界に入り込める。私の性格上、仕事のことがなかなか頭から離れないときに、別のことに没頭できるのはありがたいし、何より単純に読んでいて楽しい。最近では、年甲斐もなく(気にする必要もないのでしょうが)、ライトノベルまで読むようになりました。これも、別に仕事に役立つから読んでいるわけではありません。楽しいから読んでいるのです。
もう一つは、音楽です。昔、沖縄旅行に行ったとき、三線を買いました。買った当初は「三線を弾けたら楽しいだろうなぁ」という純粋な気持ちからでした。しかし、買ってしばらくして「楽器を演奏して何になる?」「人生の役に立つのか?」などと考えてしまい、現在ほとんど使っていません(帰宅が遅くて練習できなかったという言い訳もしておきます)。
一方で、友人がピアノを一生懸命練習している姿を見たり、演奏会でその成果を聴いたりすると、とても感動し、「こういうの、いいなぁ」と思います。だったら、自分もやってみればいい…と、今更ながら思うわけです。むしろ、「あの時から練習しておけば、今頃は…」と後悔までします(笑)
何となく気になる。やってみたい。でも、なぜかやっていない。
私は、こういうことが意外と多いのではないかと思っています。正直になってみれば、1つや2つ、やってみたいことはあるのではないでしょうか。
では、なぜやらないのでしょうか。
私の場合、その大きな理由の1つが「有益性」だと思っています。
最初は純粋に「これ、やってみたいな」と思っていたはずなのに、いつの間にか頭の中で別の自分が登場して、こう言います。
「これ、やる意味ある?」「時間の無駄じゃない?」「お金になるん?」「ダサくない?」
有益性を基準とした審査員です。そして、この審査員に、やる理由をうまくプレゼンできない。「なぜやるの?」と聞かれても答えられないと、説明できない→意味がない→やるべきではない→やらない、となってしまうのです。
本当は「やってみたい」と思っていたのに、「役に立つ理由」を説明できないというだけで、やるのをやめてしまう。
もしかしたらやりたいことが見つからないのではなく、やってみたいと思っていたことを、有益性がないという理由で自分から退けているのかもしれません。
ただし、私は「有益性なんて考えるな」と言いたいわけではありません。有益性は、むしろ強いエネルギーになると思っています。
例えば、「この動画がバズれば、自分も有名YouTuberになれるかもしれない」と思えば、動画を作るモチベーションになるかもしれません。「この勉強をすれば、仕事で役に立つ」と思えば、頑張る理由にもなる。
有益性そのものは、悪いものではないのです。問題は、それが「やるためのプラス材料」から「やっていいかどうかを決める審査基準」に変わってしまうことなのではないでしょうか。
小さい頃、泥団子を作って遊んでました。あれは何のために作っていたのでしょう。泥団子を作ると、何か役に立ったでしょうか。お金になったでしょうか。将来のキャリアに役立ったでしょうか。たぶん、そんなことは考えていません。ただ、作るのが楽しかった。それだけだったはずです。
大人になった今も、何かを始めるのに、必ずしも役に立つ理由が必要なわけではないのだと思います。
■ すぐに使えるヒント
そこで、以下の点に注意するとよいのではないかと考えました。
- 有益性を、審査基準にしない
有益性は、やりたいことを始めるための「プラス材料」や「エネルギー」にしてもいい。でも、「有益でなければ、やってはいけない」という審査基準にはしない。
有益性があるから始めるのも良い。有益性が見いだせなくても、やってみたいなら始めても良い。そう考えるだけで、選択肢は少し広がるかもしれません。 - 小さな感覚を拾う
「やりたいこと」と聞くと、何か大きな夢や目標を思い浮かべてしまいます。「将来こうなりたい。人生をかけて取り組みたいことがある」そんなものが見つかれば、それはそれで素晴らしい。でも、私はそこまで大きなものを持っていなくてもいいのではないかと思っています。
そもそも、「やりたいことを見つけなければならない」と考える必要があるのでしょうか。ここで前々回・前回で登場した「完璧主義」が出てきます。「やりたいことを見つけるべき」「時間を有効に使うべき」…こう考え始めると、「やりたいことを見つける」という行為そのものが、新しい「~すべき」になってしまいます。これでは、せっかく時間を取り戻そうとしているのに、また自分で時間にルールを作ってしまいます。
だから、もっと小さなものでいいのではないでしょうか。
「何となく気になる」「ちょっとやってみたい」「やっていると楽しい」「もう少し続けてみたい」。
やりたいことを頭の中だけで探すのではなく、日常の小さな感覚を拾っていくことで、少しずつ見えてくるものなのかもしれません。 - 迷ったら、自分なりの物差しで選ぶ
有益性以外の物差しで考えてみるというのも良いかもしれません。私は、いくつかあって良いと思います。
本書には「10年後の後悔テスト」という考え方があります(p.333)。10年後の自分が、今の決断をどう感じるかを想像する、というものです。
もちろん「10年後に後悔しないために、今すぐ何かを始めなければならない」という話ではありません。それではまた「~すべき」になってしまいます。「そういえば、あれをやってみたかったな」。そんなことを思い出すための、1つの物差し程度です。
あるいは「実際にやってみて、良かったと思ったことは何だったか」を振り返ってみる。
「他人から見て価値があるか」ではなく、「自分は楽しかったか」「もう少しやってみたいと思ったか」。そんな自分自身の感覚を物差しにしてみる。そうすると、「役に立つかどうか」だけでは見つからなかったものが、見えてくるのではないでしょうか。
結局、「自分の時間を自分のものにする」というのは時間を無駄なく使うことではないのだと思います。自分にとって大切なもの・楽しいことのために使う。あるいは、自分にとって何が大切・楽しいのかを考えるために使う。それもまた「自分の時間を使う」ということなのではないでしょうか。
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■ 読んでくれたあなたへ
皆さんにも、「これ、やってみようかな」と思ったことはないでしょうか。
もちろん、何でも思いついたことをやればいい、という話ではありません。
ただ、楽しいことや、やってみたいことに、必ずしも有益な理由が必要なわけではないと思います。「何の役に立つの?」と聞かれて、うまく答えられないことがあってもいいのです。むしろ、答えられないからこそ、自分だけの時間なのかもしれません。
タイムリーな話ですが、私は明日、仲の良い友人との飲みに行くことにしました。ただ「楽しい時間」を過ごしたいと思います。仕事につながるわけでも、勉強になるわけでも、お金になるわけでもない。でも、いつも楽しい。それで十分なのだと思います。
今日の違和感を、明日のヒントに。
▼このシリーズの記事
③ やりたいことがあるのに、なぜ行動できないのか(やりたいこと編)(今回の記事)
