凡人帳

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【読書】『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』③|やりたいことがあるのに、なぜ行動できないのか(やりたいこと編)。

前々回・前回の、クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(ダイヤモンド社、2026年)のブログの続きです。前々回、前回で以下の2つの問いについて考えました。

  • なぜ休日に何もしていないと、こんなにも焦ってしまうのか。不安の正体とは
  • よりよく生きるためには、時間をどう使えばいいのか。

▼関連記事:

①焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)はこちら

②『~べき』に奪われている時間がある(行動編)はこちら

 

時間に対する不安の正体については、完璧主義や「~すべき」という時間のルールがあり、予定から外れると失敗したと感じてしまう。さらに、その失敗を実際以上に大きく捉えることによって、不安が膨らみ、身動きが取れなくなるのではないか、というものでした。

また、自分の時間を取り戻すための日常的な行動については、不要な時間を減らし、やりたいことに再配分する。そのためには、「~すべき」という完璧主義を見直すことが必要ではないか、というものでした。

第2部まで読み進めて、さらに1つ疑問に思うこと(問い)が出てきました。

  • 時間を取り戻したとして、その時間を何に使えばいいのか。やりたいことは、どうすれば見つかるのか。

この問いを、本書の第3部から考えてみたいと思います。


■ この本について

この本を一言でいうと、「時間に対する不安を軽減し、よりよく生きるための時間の使い方を教えてくれる本」です。

今回は、本書第3部「『自分の時間』を自分のものにする」を中心に、3つ目の問いである、取り戻した時間の使い方や「やりたいこと」について焦点を当てて考えたいと思います。

私が今回特に考えさせられたのは、「やりたいこと」と「有益性」の関係でした。やってみたいことがあっても、有益性を考えた途端、手が止まる経験があったからです。


■ 一番刺さったポイント

今回、一番刺さったポイントは以下の一節です。

「自分をもっと幸せにしてくれるアイデアがあると直感的に思っていても、それが有益な何かをもたらさないと、ためらいを感じてしまう」(クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』ダイヤモンド社、p.310)

この一節を読んで、思い当たることがありました。私自身、有益性を見いだせず、やりたいと思っていたことに踏み出せなかったり、始めても十分に取り組めなかったりしたことがあります。

例えば、小説です。昔から、実用書ばかり読んでいました。実用書以外の本を見ても、「これを読んで何が得られるんだろう」「仕事に役立つ情報があるのだろうか」などと考えて、なかなか手を出しませんでした。

ところが、実際に小説を読んでみると、仕事のことを忘れて、その世界に入り込める。私の性格上、仕事のことがなかなか頭から離れないときに、別のことに没頭できるのはありがたいし、何より単純に読んでいて楽しい。最近では、年甲斐もなく(気にする必要もないのでしょうが)、ライトノベルまで読むようになりました。これも、別に仕事に役立つから読んでいるわけではありません。楽しいから読んでいるのです。

もう一つは、音楽です。昔、沖縄旅行に行ったとき、三線を買いました。買った当初は「三線を弾けたら楽しいだろうなぁ」という純粋な気持ちからでした。しかし、買ってしばらくして「楽器を演奏して何になる?」「人生の役に立つのか?」などと考えてしまい、現在ほとんど使っていません(帰宅が遅くて練習できなかったという言い訳もしておきます)。

一方で、友人がピアノを一生懸命練習している姿を見たり、演奏会でその成果を聴いたりすると、とても感動し、「こういうの、いいなぁ」と思います。だったら、自分もやってみればいい…と、今更ながら思うわけです。むしろ、「あの時から練習しておけば、今頃は…」と後悔までします(笑)

何となく気になる。やってみたい。でも、なぜかやっていない。

私は、こういうことが意外と多いのではないかと思っています。正直になってみれば、1つや2つ、やってみたいことはあるのではないでしょうか。

では、なぜやらないのでしょうか。

私の場合、その大きな理由の1つが「有益性」だと思っています。

最初は純粋に「これ、やってみたいな」と思っていたはずなのに、いつの間にか頭の中で別の自分が登場して、こう言います。

「これ、やる意味ある?」「時間の無駄じゃない?」「お金になるん?」「ダサくない?」

有益性を基準とした審査員です。そして、この審査員に、やる理由をうまくプレゼンできない。「なぜやるの?」と聞かれても答えられないと、説明できない→意味がない→やるべきではない→やらない、となってしまうのです。

本当は「やってみたい」と思っていたのに、「役に立つ理由」を説明できないというだけで、やるのをやめてしまう。

もしかしたらやりたいことが見つからないのではなく、やってみたいと思っていたことを、有益性がないという理由で自分から退けているのかもしれません。

ただし、私は「有益性なんて考えるな」と言いたいわけではありません。有益性は、むしろ強いエネルギーになると思っています。

例えば、「この動画がバズれば、自分も有名YouTuberになれるかもしれない」と思えば、動画を作るモチベーションになるかもしれません。「この勉強をすれば、仕事で役に立つ」と思えば、頑張る理由にもなる。

有益性そのものは、悪いものではないのです。問題は、それが「やるためのプラス材料」から「やっていいかどうかを決める審査基準」に変わってしまうことなのではないでしょうか。

小さい頃、泥団子を作って遊んでました。あれは何のために作っていたのでしょう。泥団子を作ると、何か役に立ったでしょうか。お金になったでしょうか。将来のキャリアに役立ったでしょうか。たぶん、そんなことは考えていません。ただ、作るのが楽しかった。それだけだったはずです。

大人になった今も、何かを始めるのに、必ずしも役に立つ理由が必要なわけではないのだと思います。


■ すぐに使えるヒント

そこで、以下の点に注意するとよいのではないかと考えました。

  • 有益性を、審査基準にしない
    有益性は、やりたいことを始めるための「プラス材料」や「エネルギー」にしてもいい。でも、「有益でなければ、やってはいけない」という審査基準にはしない。
    有益性があるから始めるのも良い。有益性が見いだせなくても、やってみたいなら始めても良い。そう考えるだけで、選択肢は少し広がるかもしれません。
  • 小さな感覚を拾う
    「やりたいこと」と聞くと、何か大きな夢や目標を思い浮かべてしまいます。「将来こうなりたい。人生をかけて取り組みたいことがある」そんなものが見つかれば、それはそれで素晴らしい。でも、私はそこまで大きなものを持っていなくてもいいのではないかと思っています。
    そもそも、「やりたいことを見つけなければならない」と考える必要があるのでしょうか。ここで前々回・前回で登場した「完璧主義」が出てきます。「やりたいことを見つけるべき」「時間を有効に使うべき」…こう考え始めると、「やりたいことを見つける」という行為そのものが、新しい「~すべき」になってしまいます。これでは、せっかく時間を取り戻そうとしているのに、また自分で時間にルールを作ってしまいます。
    だから、もっと小さなものでいいのではないでしょうか。
    「何となく気になる」「ちょっとやってみたい」「やっていると楽しい」「もう少し続けてみたい」。
    やりたいことを頭の中だけで探すのではなく、日常の小さな感覚を拾っていくことで、少しずつ見えてくるものなのかもしれません。
  • 迷ったら、自分なりの物差しで選ぶ
    有益性以外の物差しで考えてみるというのも良いかもしれません。私は、いくつかあって良いと思います。
    本書には「10年後の後悔テスト」という考え方があります(p.333)。10年後の自分が、今の決断をどう感じるかを想像する、というものです。
    もちろん「10年後に後悔しないために、今すぐ何かを始めなければならない」という話ではありません。それではまた「~すべき」になってしまいます。「そういえば、あれをやってみたかったな」。そんなことを思い出すための、1つの物差し程度です。
    あるいは「実際にやってみて、良かったと思ったことは何だったか」を振り返ってみる。
    「他人から見て価値があるか」ではなく、「自分は楽しかったか」「もう少しやってみたいと思ったか」。そんな自分自身の感覚を物差しにしてみる。そうすると、「役に立つかどうか」だけでは見つからなかったものが、見えてくるのではないでしょうか。

結局、「自分の時間を自分のものにする」というのは時間を無駄なく使うことではないのだと思います。自分にとって大切なもの・楽しいことのために使う。あるいは、自分にとって何が大切・楽しいのかを考えるために使う。それもまた「自分の時間を使う」ということなのではないでしょうか。

▼書籍リンク


■ 読んでくれたあなたへ

皆さんにも、「これ、やってみようかな」と思ったことはないでしょうか。

もちろん、何でも思いついたことをやればいい、という話ではありません。

ただ、楽しいことや、やってみたいことに、必ずしも有益な理由が必要なわけではないと思います。「何の役に立つの?」と聞かれて、うまく答えられないことがあってもいいのです。むしろ、答えられないからこそ、自分だけの時間なのかもしれません。

タイムリーな話ですが、私は明日、仲の良い友人との飲みに行くことにしました。ただ「楽しい時間」を過ごしたいと思います。仕事につながるわけでも、勉強になるわけでも、お金になるわけでもない。でも、いつも楽しい。それで十分なのだと思います。

今日の違和感を、明日のヒントに。

 

▼このシリーズの記事

① 焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)

② 「~べき」に奪われている時間がある(行動編)

③ やりたいことがあるのに、なぜ行動できないのか(やりたいこと編)(今回の記事)

【読書】『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』②|「~べき」に奪われている時間がある(行動編)

前回の、クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(ダイヤモンド社、2026年)のブログ記事の続きです。前回は、次の2つの問いのうち「時間不安の正体」について書きました。

  • なぜ休日に何もしていないと、こんなにも焦ってしまうのか。不安の正体とは。
  • よりよく生きるためには、時間をどう使えばいいのか。

▼関連記事:①「焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)」はこちら

完璧主義を土台にした時間ルール→タイム・ブラインドネス→認知の歪み、という3段階が重なって不安が育つ、という構造があるのではないかと思いました。今回、この本をさらに読み進めると、この完璧主義を土台にした時間ルールは、休日だけでなく、平日の仕事、特に対人関係の中にも同じ形で潜んでいて、気づかぬうちに自分の時間を削っていたことが分かりました。

今回は、完璧主義を表現する「~べき」に対して、日常レベルでどのように時間を取り戻していくか(=時間不安の解消)、書いていこうと思います。


■ この本について

この本を一言でいうと「時間に対する不安を軽減し、よりよく生きるための時間の使い方を教えてくれる本」です。今回は2つ目の問い「よりよく生きるためには、時間をどう使えばいいのか」のうち、日常でできる具体的な行動レベルの対処方法について焦点を当てます。


■ 一番刺さったポイント

私は部下・後輩から「ちょっと教えてください」と言われれば、すぐに手を止めて対応します。また、指摘や注意をするときは、相手のやる気を削がないよう、言葉を選びます。一方で、上司への報告書は、後で突っ込まれないよう、何度も文面を練り直します。

それも、誰かに「そうしろ」と直接命じられたわけではありません(研修などで、暗に「そうしなさい」と教えられていたかもしれませんが)。それなのに、気づけば全部「先輩・上司としてそうするべきだ」「部下として、上司の意を汲んで対応するべきだ」という、自分の中の「~べき」に従って動いています。そういう意味では、前回のブログ記事で見た「完璧主義を土台にした時間ルール」は、休日の過ごし方だけではなく、こうした日々の対人関係の中にも、まったく同じ形で潜んでいるのでは、と思いました。

一方で、何かを進める前に、規則や前例を一通り確認してから動く、という習慣があります。「これも同じ、完璧主義で自分を縛っている話なのか?」と思いましたが、これは違いました。うちの職場では、何かあれば必ず「前例はどうだった」と聞かれます。つまりこれは、自分が勝手に課した理想ではなく、組織から実際に求められる手続きです。同じ「念入りにやる」行動でも、中身は別ものでした。

何故このようなことを考えるかというと、「自分が勝手に課しているルール」か、「外から本当に求められているものか」を見分けないと、何でもかんでも「完璧主義だから手放そう」と乱暴にまとめてしまいそうだからです。そして、それ以上に気づいたのは、この「~べき」に費やしている時間そのものが、決して少なくないということでした。質問対応、言い回しや報告書の推敲。一つ一つは数分・数十分でも、積み重なれば1日の中でかなりの時間を占めています。前回のブログ記事で紹介した「完璧にやらなくても、どんなことが達成できるかを考えてみてほしい」(p157)という一節も、単なる心の持ちようの話ではなく、そこにかけている時間を、他の何に使うかという、時間の再配分の話だったのだと思います。

そしてもう一つ気づいたことがあります。前回のブログでは、完璧主義を土台にした時間ルールが、タイム・ブラインドネスによって崩れ、それを認知の歪みが「大きな失敗」だと決めつけることで、不安にまで育っていく、という流れでした。今回みてきた「~べき」による時間の消耗も、まったく同じです。質問対応や言い回しの推敲に時間を取られて予定が崩れ「今日も何もできなかった」と感じてしまえば、そこから先は同じ道です。この時間の使い方を見直すことは、単なる時短術ではなく、前回のブログで見た不安の連鎖が育つのを未然に防ぐ入口でもあったわけです。


■ すぐに使えるヒント

だとすれば、ここで挙げる3つの工夫は、単に時間を節約するための技術ではなく、不安の連鎖を、そもそも育てないための予防策として意味を持ちます。

  • まず疑ってみる(これは後回しにできるか?):
    部下からの質問に、すぐに対応をしてきました。それは「すぐに答えないと悪い先輩だと思われる」という思い込みが大きかったと思います。本書では、取り組む前に「後回しにできないか?」と自問するクセを勧めています(p190-193)。質問の内容次第では、「まとめて聞く時間を作るわ」と伝えるだけで、後回しにできるものは案外多いのかもしれません。後回しにできると分かった分だけ、今日という日に使える時間が増えます。
  • 完璧な形でなくていいから、小さく手をつける:
    部下への指摘・注意も、いきなり「完璧な言い方」で伝えようとするから重くなります。本書では、大きなこと・嫌なことにすぐ取り組めないなら、小さなことから始めればいいと勧めています(p205)。全部を一度に片付けようとせず、まずは「さっきの件、ちょっと確認したいんだけど」と一言だけ切り出す。それだけでも、後回しにしていた指摘の第一歩になるはずです。
  • 重ければ、途中で手放してもいい(途中でやめる):
    部下への指摘や、上司への報告書を、完璧な言い回し・体裁になるまで練り直してしまうことがあります。これは、本書の主張「途中でやめる」(p222-227)に沿うなら、そこまで作り込まなくていい類のものです。指摘されたら修正すればいい話で、すんなり通す・伝えるために過剰に反応しているだけとも言えるかもしれません。
    ただし、これは何にでも当てはまるわけではありません。規則や前例の確認のように、組織から実際に求められる手続きであったり、最低限の体裁を整えることは、完璧主義とは別物で、手放していい対象ではないと思います。見分け方は、それが「自分が勝手に課しているルール」なのか、「本当に外から求められているものか」ではないでしょうか。
    見分けて手放せた分だけ、本当に時間をかけるべきことに、時間を回せます。

▼書籍リンク:


■ 読んでくれたあなたへ

前回のブログ記事では、休日に発生する時間に対する不安から始まり、時間に対する不安はなぜ生まれるのかという構造を見ました。今回書いてみて分かったのは、対人関係の中にも同じ形で潜んでいて、しかも気づかぬうちに時間を奪い不安を育てかねない、ということです。
まず疑う。完璧な形でなくていいから、小さく手をつける。重ければ手放す。ただし、何でも手放していいわけではなく、自分が勝手に課しているルールと、本当に外から求められているものを見分けることが先です。この3つを日常に少しずつ差し込んでおくことが、時間を取り戻すだけでなく、時間に対する焦りや不安を、そもそも大きく育てないための予防にもなる。そう思うようになりました。

もしあなたにも「これって、誰かに頼まれたわけでもないのに、自分が勝手に『そうすべき』だと思い込んでいるかもしれない」と思うことがあれば、一度そこにどれだけの時間を使っているか、数えてみてください。それだけで、時間の焦りが少し軽くなるかもしれません。

今日の違和感を、明日のヒントに。

 

▼このシリーズの記事

① 焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)

② 「~べき」に奪われている時間がある(行動編)(今回の記事)

③ やりたいことがあるのに、なぜ行動できないのか(やりたいこと編)

【読書】『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』①|焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)

私は休日、予定がないと不安になることがあります。「外で活動的に過ごすべきでは…」「資格の勉強でもした方が…」などと考え始め、夜には「一日何をしていたのか」と罪悪感や不安を感じてしまう。理由は分かりませんが。年齢のせいかなとも思っています。

なぜ休日に何もしていないと、こんなにも焦ってしまうのか?

そんな話を彼女にしていたら、本屋で「これなんていいんじゃない?」と勧められたのが、クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(ダイヤモンド社、2026年)です。

この本への問いは次の2点です。

  • なぜ休日に何もしていないと、こんなにも焦ってしまうのか。不安の正体とは。
  • よりよく生きるためには、時間をどう使えばいいのか。

■ この本について

この本を一言でいうと「時間に対する不安を軽減し、よりよく生きるための時間の使い方を教えてくれる本」です。今回は、最初の問い「時間に対する不安の正体とは何なのか。」に焦点を当てて書くことにします。

著者は、この時間に対する不安を「時間不安」と名付け、時間不安があると、簡単なことでも正常な判断ができなくなると言います。まさに休日の私です。何かを思っていても、それを解消するための行動をせず、結局時間だけが過ぎて、夜になると後悔しています。


■ 一番刺さったポイント

なぜ、休日に何もしていないと「何かをやらなければ」と焦ってしまうのか。この本を読んで見えてきたのは、次のような作用機序でした。

まず土台にあるのは、著者が「時間ルール」と呼ばれるものです。これは、生まれつきのものではなく、社会や自分自身が知らないうちに「良い」として作り上げたルールだといいます(p95)。「時間を無駄にせず、何かをしなければならない」という感覚がこれに当たります。

そして著者は、こうした時間ルールの根底には共通して「完璧でなければならない(守らなければならない)」という思い込みがあると指摘しています(p98)。私が休日に感じる焦りも、突き詰めれば「休日は有意義に使わなければならない」という、自分で自分に課したルールと完璧主義(理想主義?)のせいだったのではないかと思います。

この時間ルールに従えない要因には、「タイム・ブラインドネス」の可能性もあります。これは時間の経過や締め切りを実感としてつかみにくい特性で(簡単にいえば、時間にルーズな性格)、気づけば予定より時間が経っていた、ということを引き起こします。(p68)

そして、予定通りに物事が進まなかったこと自体が、「認知の歪み」の引き金になります。認知の歪みとは、物事の悪い面ばかりに目を向けてしまう思考のクセで、ちょっとした遅れや失敗を、実際以上に「大きな失敗」だと感じさせるものです(p57)。

つまり、①完璧主義を土台にした時間ルールが「やらねばならない」という感覚を作り、②タイムブラインドネスによってそのルール通りにいかず、③認知の歪みによってって「できなかった」(失敗)を過剰に増幅する。この3段階が重なって、「何かをやらなければ」という焦りが、不安にまで育ってしまっていたのではないかと思いました。

もし、この構造が正しいならば、完璧主義についての、次の一節が解決策の一つなのではないかと思います。

そんなときは、完璧にやらなくても、どんなことが達成できるかを考えてみてほしい。つらい状況を抜け出せるし、他のことに費やすエネルギーも増える。(クリス・ギレボー『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(ダイヤモンド社、p.157)

これは単なる「完璧主義をやめよう」という助言ではなく、不安の作用機序そのものの入り口にブレーキをかけてくれます。「ほどほどでいい」と自分に許可を出すことは、時間ルールを緩め、タイムブラインドネスで多少ズレても、認知の歪みで増幅されずに済みます。


■ すぐに使えるヒント

作用機序が分かれば、それぞれの入り口で立ち止まることができます。

  • 時間ルールに気づく:
    「休日は~すべきだ」と思ったら、「なんで?」「しなければならないものなの?」と、完璧を目指そうとしていないか自問してみる。
  • タイム・ブラインドネスを受け入れる:
    もしタイム・ブラインドネスの傾向があるならば、「自分は時間の感覚がずれやすい」ということを責めずに認める。予定通りいかなかったこと自体は、特性からくるものであり、失敗ではない、と捉え直す。
  • 認知の歪みにラベルを貼る:
    「今日一日何もしていない」と感じたら、それを事実だと決めつける前に「これは認知の歪みだ」と頭の中でラベルを貼る。そのうえで「できなかったこと」ではなく「できたこと」を思い出してみる。

3つとも、今日から何かを新しく始める(行動する)というものではなく、今既に頭の中で起きていることに気づくためのヒントです。具体的な行動レベルのヒントについては、次回以降で改めて書く予定です。

▼書籍リンク


■ 読んでくれたあなたへ

休日の焦りの正体は、単なる怠け心でも、年齢のせいでもなく、「完璧主義(理想主義)と時間ルール」「タイム・ブラインドネス」「認知の歪み」が積み重なって生まれる不安だったんだな、と今回書いて見て思いました。

もしあなたも、休日や夜に「今日一日何をしていたんだ~」とか「何もしてない~」と考えが浮かんでくることがあれば、まずはそれを疑ってください。あなたは何かをしており、事実ではありませんし、増幅された考えかもしれません。

次回は「行動、日常レベルでどう時間と付き合っていくか」を書こうかと思います。

今日の違和感を、明日のヒントに。

 

▼このシリーズの記事

① 焦りは、怠けや年齢のせいではなかった(不安の正体編)(今回の記事)

② 「~べき」に奪われている時間がある(行動編)

③ やりたいことがあるのに、なぜ行動できないのか(やりたいこと編)